救われた気もちになりました
- 2009-07-03│
- いろんなこと
昨日、広島市内で、正観さんの講演会があったんです。
私、珍しいことにそのことをすっかり忘れていたので、せっかく広島市内に行っていたにもかかわらず、講演会に行かずに帰ったのですが、今日、昨日講演会に行った知人からいろんな話が聞けたので、とってもとってもラッキーでした♪
私、珍しいことにそのことをすっかり忘れていたので、せっかく広島市内に行っていたにもかかわらず、講演会に行かずに帰ったのですが、今日、昨日講演会に行った知人からいろんな話が聞けたので、とってもとってもラッキーでした♪
今日は、特に予定を入れていなかったので、ジムに行って、帰りにその足で、お世話になっている人の仕事場にお邪魔してきました。(お店なので、開店時ならいつ行っても大丈夫なんですよん)
すぐに帰るつもりだったんですが、お店もそんなに忙しくない様子だったので、ちょうどそこにやってきた方が持ってこられた、おみやげのシュークリームをいただいてしまいました。
昼ごはん食べなきゃいいか!とか、晩ご飯減らせばいいか!ってことで…。(笑)
ここ最近、ちょっと自分のことで凹む出来事が続いていたので、救われた気分になったなぁ!
そして、私が持っていなかった、『喜ばれる』というタイトルの本を借りて帰ってきて、今読んでました。
ここんところ、私が、『気を遣ったつもりで』したことが、結果的には、ことごとく裏目に出るというか、ピントが外れているというようなことが多かったんですばい。
『よかれ』と思ってしたことが、実は全然ピントが外れていて、ある意味KYなことだったりして、なにやら噛みあわないぞ? どうしたらいいんだ…??? っていうことがあったりして、あー、もしかしたら、自分がいいと思ったことと反対のことをした方がいいのかな?なんて思って、凹んだり。
そしたら、この本の中に、『今の自分でいいんですよ』っていうことが書かれていて、なんだか正観さんが目の前でアドバイスをくれたような感じがして、なんだかイッキに救われた思いになりました。
人間が、自分の望みをもって、そちらに向かおうとすると、体が知らせるんだそうです。
『多くの人に喜ばれるように、私はあなたを人間の社会の中に派遣したのであって、あなた一人が努力をして頑張って、上へ上がりなさい、人と比べて競いなさいと言ったのではないのですよ。周りにいる人は、敵ではなく全部味方。この人たちと争う必要はありません。互いに助け合って、支えあって生きていくのが人間なんですよ』
と、神さまは人間の体を作ったんだそうです。
今の自分でいい。努力をする必要もこれ以上の人になる必要もないから、今、この瞬間から頼まれやすい人になること。
ニコニコ笑いながら人の好意に甘えて、自分のできることをして喜ばれるように生きていくと、心も体も楽になるそうです。
他にも、たくさん、ヒントになる言葉が載っていました。
いやいや、私今までも、たくさん正観さんの本読んできたのにー!!!
実はこの本、講演会場で何回か見かけて、『欲しいな』と思いつつも、なぜか毎回買って帰りはしなかった本なんです。
基本的に、最新刊を1冊買って帰るようにしているので、当然、見た時点最新刊でなかったこの本は、なかなか買うことにならなくて…。
それが今日、『この本、持ってる?』って聞かれて、持ってないと言ったら、『先に読んでいいよ』と貸してくれたので、『明日返します!』と言って借りて帰ったのでした。
もちろん、貸してくれた人にそんな意識はなかったと思うんだけど、さっき読んでみて、『なんってタイムリーな本なの!』って感じたのでした。
たくさん他の本を読んでいて、似たようなことが書かれているにもかかわらず、特にこの本っていう気持ちになれなくて、ここ数日は、正観さんの本に手を伸ばすこともなかったんです。
そしたら、まさに今日、私に読まれるためにあるみたい!っていうような本を借りることができて…。
この中に、金縛りのことも書いてあって、二度ビックリ!
まさに数日前に金縛りに遭ったばかりだったので、なんだかとっても不思議でした。
そしてやっぱり私は、そういうシナリオを書いて生まれてきてるんだな〜ってことを感じまして…。
なにかでっかいトラブルがあったというわけではありませんが、自分で、『今のままの自分自身』を認められないというか、『もっと違う自分にならなくっちゃ』と思っている最中だったので、余計に、『今のままでいいんですよ』という言葉に救われたというか…。
『ヒト』は一人で生きると、ヒト。
『人』は人の間で生きていると、人間。
光ってくれる相手がいないと人間ではない。お互いに光りあう、という二人の関係があって、初めて『人間』になる。
ヒトは二足歩行する動物であり、自己保存と種の保存の本能を持っているんだそうです。生物界の三角形の頂点に存在する動物としてのヒトに、神は、神の持っている本能を与えて、三つ目の本能を持つ人間にしたんだそうです。
この三つ目の本能とは『喜ばれると嬉しい』というもの。
そして、この言葉を聞いてしまった、あるいは読んでしまうと、もう後戻りは出来ないそうです。
どんなに抵抗しても、実際にこの言葉に触れてしまった、そして今日から誰かに喜ばれたとすると、喜んでもらったということが、どれほど自分に幸せをもたらすかということに気づくそうです。
相手の問題ではなく、喜んでくれる人がいる、ということが自分の喜びとなる。情けは人の為ならずという言葉が身に染みてわかるようになってくるんだそうです。
人のため、人のため、と言っているのは、偽り。人の為と書いて偽りという文字が出来ている。喜ばれると、自分が嬉しいんだそうです。
人間が、自己保存と種の保存にプラスして『喜ばれると嬉しい』という三つ目の本能を持っている理由は、神は、この三つ目のエネルギーだけの存在だからなんだそうです。
神は『喜ばれると嬉しい』というエネルギーだけの存在。
神の一部として、そのエネルギーを持っている私たちは、『ありがとう』と光り合い、目の前のことを喜び、感謝しながら、喜ばれる存在になる、という本能が組み込まれているそうです。
あー、なんだかホントに、救われました。
も一回読んで返しましょ。
すぐに帰るつもりだったんですが、お店もそんなに忙しくない様子だったので、ちょうどそこにやってきた方が持ってこられた、おみやげのシュークリームをいただいてしまいました。
昼ごはん食べなきゃいいか!とか、晩ご飯減らせばいいか!ってことで…。(笑)
ここ最近、ちょっと自分のことで凹む出来事が続いていたので、救われた気分になったなぁ!
そして、私が持っていなかった、『喜ばれる』というタイトルの本を借りて帰ってきて、今読んでました。
ここんところ、私が、『気を遣ったつもりで』したことが、結果的には、ことごとく裏目に出るというか、ピントが外れているというようなことが多かったんですばい。

『よかれ』と思ってしたことが、実は全然ピントが外れていて、ある意味KYなことだったりして、なにやら噛みあわないぞ? どうしたらいいんだ…??? っていうことがあったりして、あー、もしかしたら、自分がいいと思ったことと反対のことをした方がいいのかな?なんて思って、凹んだり。
そしたら、この本の中に、『今の自分でいいんですよ』っていうことが書かれていて、なんだか正観さんが目の前でアドバイスをくれたような感じがして、なんだかイッキに救われた思いになりました。
人間が、自分の望みをもって、そちらに向かおうとすると、体が知らせるんだそうです。
『多くの人に喜ばれるように、私はあなたを人間の社会の中に派遣したのであって、あなた一人が努力をして頑張って、上へ上がりなさい、人と比べて競いなさいと言ったのではないのですよ。周りにいる人は、敵ではなく全部味方。この人たちと争う必要はありません。互いに助け合って、支えあって生きていくのが人間なんですよ』
と、神さまは人間の体を作ったんだそうです。
今の自分でいい。努力をする必要もこれ以上の人になる必要もないから、今、この瞬間から頼まれやすい人になること。
ニコニコ笑いながら人の好意に甘えて、自分のできることをして喜ばれるように生きていくと、心も体も楽になるそうです。
他にも、たくさん、ヒントになる言葉が載っていました。
いやいや、私今までも、たくさん正観さんの本読んできたのにー!!!
実はこの本、講演会場で何回か見かけて、『欲しいな』と思いつつも、なぜか毎回買って帰りはしなかった本なんです。
基本的に、最新刊を1冊買って帰るようにしているので、当然、見た時点最新刊でなかったこの本は、なかなか買うことにならなくて…。
それが今日、『この本、持ってる?』って聞かれて、持ってないと言ったら、『先に読んでいいよ』と貸してくれたので、『明日返します!』と言って借りて帰ったのでした。
もちろん、貸してくれた人にそんな意識はなかったと思うんだけど、さっき読んでみて、『なんってタイムリーな本なの!』って感じたのでした。
たくさん他の本を読んでいて、似たようなことが書かれているにもかかわらず、特にこの本っていう気持ちになれなくて、ここ数日は、正観さんの本に手を伸ばすこともなかったんです。
そしたら、まさに今日、私に読まれるためにあるみたい!っていうような本を借りることができて…。
この中に、金縛りのことも書いてあって、二度ビックリ!
まさに数日前に金縛りに遭ったばかりだったので、なんだかとっても不思議でした。
そしてやっぱり私は、そういうシナリオを書いて生まれてきてるんだな〜ってことを感じまして…。
なにかでっかいトラブルがあったというわけではありませんが、自分で、『今のままの自分自身』を認められないというか、『もっと違う自分にならなくっちゃ』と思っている最中だったので、余計に、『今のままでいいんですよ』という言葉に救われたというか…。
『ヒト』は一人で生きると、ヒト。
『人』は人の間で生きていると、人間。
光ってくれる相手がいないと人間ではない。お互いに光りあう、という二人の関係があって、初めて『人間』になる。
ヒトは二足歩行する動物であり、自己保存と種の保存の本能を持っているんだそうです。生物界の三角形の頂点に存在する動物としてのヒトに、神は、神の持っている本能を与えて、三つ目の本能を持つ人間にしたんだそうです。
この三つ目の本能とは『喜ばれると嬉しい』というもの。
そして、この言葉を聞いてしまった、あるいは読んでしまうと、もう後戻りは出来ないそうです。
どんなに抵抗しても、実際にこの言葉に触れてしまった、そして今日から誰かに喜ばれたとすると、喜んでもらったということが、どれほど自分に幸せをもたらすかということに気づくそうです。
相手の問題ではなく、喜んでくれる人がいる、ということが自分の喜びとなる。情けは人の為ならずという言葉が身に染みてわかるようになってくるんだそうです。
人のため、人のため、と言っているのは、偽り。人の為と書いて偽りという文字が出来ている。喜ばれると、自分が嬉しいんだそうです。
人間が、自己保存と種の保存にプラスして『喜ばれると嬉しい』という三つ目の本能を持っている理由は、神は、この三つ目のエネルギーだけの存在だからなんだそうです。
神は『喜ばれると嬉しい』というエネルギーだけの存在。
神の一部として、そのエネルギーを持っている私たちは、『ありがとう』と光り合い、目の前のことを喜び、感謝しながら、喜ばれる存在になる、という本能が組み込まれているそうです。
あー、なんだかホントに、救われました。
も一回読んで返しましょ。
- Theme
- +:。☆゜(*´∀`)ノ゜☆:。+゜
- Genre
- 日記

確かに身長180CMはツボですが…なにか(笑)
(笑)
そうですねぇ…。仕事が終わって、早1週間。私ももう、懐かしい気分になってしまってます。くすん…。皆さん、お元気かしら〜???
Mステのましゃ兄、ほんっとにかっこよくって…
あの扇子は、絶対に持って行きます!
どう振ったらいいかはわからないので、まわりを良く見て、真似します!(笑)